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サンガ 律蔵 滅諍犍度 羯磨犍度 諍事 調停 裁判 法理念 刑法 民法 民事訴訟法 刑事訴訟法 懲罰羯磨 羯磨の方法 羯磨の種類 諍論諍事 告発諍事 犯罪諍事 羯磨諍事 現前ヴィナヤ 憶念ヴィナヤ 不癡ヴィナヤ 自言治ヴィナヤ 多人語ヴィナヤ 断事人 覓罪相ヴィナヤ 草覆地ヴィナヤ


 筆者はかねてから「律蔵」は「経蔵」とは異なった、仏教独自の法理念に基づいた法律文書であると主張してきた。法律であれば公法に分類される行政法、刑法、刑事・民事訴訟法が含まれるともに、私法に分類される民法が含まれなければならない。
 ところで「公法」とは国家機関や行政機関がかかわるもので、刑法が公法に分類されるのは、刑事犯罪が発生すれば、告訴・告発のあるなしにかかわらず、警察などの行政機関が私人に対して法的に優越する意思をもって動き始めなければならない領域を法的に定めたものであるからである。また民事訴訟法や刑事訴訟法が公法に分類されるのは、裁判所などの国家機関が行う裁判の手続き・形式を定めたものだからであり、行政法が公法であるのは説明するを要しないであろう。一方の民法が私法に分類されるのは、財産の所有権やその譲渡・相続などは原則として私人間で処理されるべきであり、これに関する規則を定めたものであるからである。
 しからばもし「律蔵」が法律文書であるとするなら、律蔵のどこが上記の刑法や民法や訴訟法に相当するのであろうか。まず、仏教における行政機関はサンガであって、したがってこのサンガが法的に、私人に対して優先的に係わるべきことが定められた規則が公法であり、比丘・比丘尼が個人的に処理すべき事項について定められた規則が私法であるとすることができる。そして『パーリ律』によって具体的にいえば、サンガのさまざまな運営規則を定めた「犍度分」中に収められる「大犍度(受戒犍度)」「布薩犍度」「入雨安居犍度」「自恣犍度」「チャンパー犍度」「コーサンビー犍度」「別住犍度」「集犍度」「破僧犍度」「遮説戒犍度」などは「行政法」に相当し、「経分別」中の波羅夷罪や僧残罪のように、その処罰にサンガが係わり、もし犯して隠そうとする者があればサンガに告発しなければならない重罪の規定は「刑法」に、この告発や裁判の手続きを定めた「犍度分」中に収められている「羯磨犍度」や「滅諍犍度」などは「刑事訴訟法」「民事訴訟法」に相当し、「経分別」中の原則として個人としての上座比丘などに懺悔すれば許され、サンガに対して告発する道が設けられていない捨堕以下の軽罪や、個人ないしは法人としてのサンガの所有物を規定した「犍度分」中の「皮革犍度」「薬犍度」「衣犍度」「小事犍度」「臥坐具犍度」などは「民法」に相当する。私法にはこの外に商法も含まれるが、出家者には経済行為・生産行為は禁止されているから、「律蔵」にはこれに相当するものはない。
 本稿はこの中の「刑事訴訟法」ないしは「民事訴訟法」に相当する「滅諍犍度」と「羯磨犍度」を中心に、「律蔵」独自の法体系と法理念をも追求しながら、筆者の用語にもとづいていえば諍論諍事・告発諍事・犯罪諍事・羯磨諍事の4種に分類されるサンガの中の紛争・犯罪をどのように調停し、どのように裁判するかを定めた7つの紛争調停法・犯罪裁判法すなわち、「現前ヴィナヤ」「憶念ヴィナヤ」「不癡ヴィナヤ」「自言治ヴィナヤ」「多人語ヴィナヤ」「覓罪相ヴィナヤ」「草覆地ヴィナヤ」が、実際にどのように行われるべきかということを考察したものである。ただしこのうちの「多人語ヴィナヤ」の詳細は次の【論文21】に譲られている。