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釈尊伝 原始仏教聖典 仏伝経典 記別 家系 誕生 結婚 四門出遊 出家 苦行 成道  梵天勧請 初転法輪 舎利弗・目連 祇園精舎 入滅


 本資料集は次のような目的のもとに作成された。すなわち
 (1)釈尊の生涯を伝えた「仏伝諸経典」(ここでは【B資料】と呼ぶ)の記す諸エピソードを比較対照して、その所在を示すこと
 (2)仏伝諸経典の記すこれら諸エピソードが、「原始仏教聖典」(ここでは【A資料】と呼ぶ)のどこを拠り所としているかを調査して、その所在を示すこと
 (3)後世に中国・タイ・ビルマ(ミャンマー)などにおいて作られた「仏伝関係諸文献(ここでは【C資料】と呼ぶ)」が上記(1)(2)をどのように継承しているかを調査し、その所在を示すことである。
 本資料集のエピソード項目は次のような方針で立てられている。即ち「仏伝経典」が取り上げている「釈尊の伝記」中のエピソードにはどのようなものがあり、それが「仏伝経典」や「原始聖典」「後世の仏伝資料」の、どの文献の、どこに、どのように、記述されているかを示すことを第1目標としたものである。
 したがって、ここに取り上げた「エピソード」は「仏伝経典」に取り上げられているエピソードのみであって、「仏伝経典」が取り上げていないエピソードは含まれない。例えば原始聖典には、成道直後に傲慢なバラモン(huhuṅkajātikabrāhmaṇa)が現れて、釈尊と真のバラモンとは何かを問答するというエピソードが伝えられているが、これはどの「仏伝経典」にも含まれていないので、取り上げられていない。念のために言えば、このようなケースは枚挙にいとまがなく、「仏伝経典」が取り上げている釈尊伝エピソードは、「原始聖典」が伝える釈尊の生涯に係わるエピソードのほんの一部分で、おそらく1%にも満たないであろう。もちろん「仏伝経典」の制作者もこれを知っていたであろうが、それが釈尊の生涯のどの時点のエピソードであるかの判断がつかなったなどの理由で、やむなく放置されたのであると考えられる。したがって「仏伝経典」は、釈尊の伝記を記した経典と称されるには、あまりに不完全なものといわなければならない。
 また逆に、たとえ「仏伝経典」にあるエピソードでも、それがただ一つの経典にしか取り上げられていない特殊なエピソードで、しかも「原始聖典」にその出所が見出せないような場合は、採用しなかった。そのようなものまで取り上げると、際限がなくなるからである。ただしそのようなケースでも、例えば成道直前に菩薩が、「前正覚山」に登られたというエピソードのように、よく知られたものについては採用した。「仏伝経典」に含まれるこのようなエピソードは、後世に付加された伝説ということになる。
 項目の配列順序は原則として「釈尊の生涯」の時系列に従っているが、「仏伝経典」によって順序に違いがあり、歴史的事実はもちろん、「仏伝経典」の最大公約数的なものを見いだすのも困難である場合が少なくない。そこで大体の方針としては、まずNidānakathāに記述のあるものはこれに従い、Nidānakathāに記述のない部分はできるだけ諸「仏伝経典」のなかから最大公約数的な順序を見いだす努力をした。しかし現段階ではほとんどまだ仮説の段階である。この総合研究--「原始仏教聖典資料による釈尊伝の研究」--は、「原始仏教聖典」を主材料にして、「仏伝経典」や後世の「仏伝関係諸資料」を参考にして、総合的に釈尊の伝記を明らかにしようとしているものであり、研究が進んだ段階で、もし不具合があればこれを修正したい。なおNidānakathāを中心にしたのは、本モノグラフシリーズの第1号に掲げた本研究の「目的と方法論」に書いたように、本研究は、さまざまな部派が伝承してその統一的イメージを把握しにくい漢訳の原始聖典よりも、南方上座部という1つの部派が伝えたパーリ聖典の方が統一的イメージを把握しやすいであろうという理由によって、パーリ聖典の方により高い資料的価値を認めているからである。
 本資料集において調査対象とした文献とその略称は以下である。

「原始仏教聖典」(A資料)
1. (1)=パーリ聖典 Vinaya,DN.MN.SN.AN.KN.のすべてを含む。
2. (2)=長阿含 後秦 仏陀耶舎共竺仏念訳 『長阿含経』22卷 (大正第01巻 pp.001上~149下)
3. (3)=中阿含 東晋 瞿曇僧伽提婆訳 『中阿含経』60卷 (大正01巻 pp.421上~809下)
4. (4)=雑阿含 劉宋 求那跋陀羅訳 『雑阿含経』50巻 (大正02 pp.001上~373中)
5. (5)=別訳雑阿含 失訳 『別訳雑阿含経』16巻 (大正02 pp.374上~492上)
6. (6)=増一阿含 東晋 瞿曇僧伽提婆訳 『増一阿含経』51巻 (大正02 pp.549上~830中)
7. (7)=四分律 姚秦 仏陀耶舎共竺仏念等訳 『四分律』60巻 (大正22 pp.567上~1014中)
8. (8)=五分律 劉宋 仏陀什共竺道生等訳 『弥沙塞部和醯五分律』30巻 (大正22 pp.001上~194中)
9. (9)=十誦律 後秦 弗若多羅共羅什訳 『十誦律』61巻 (大正23 pp.001上~470中)
10. (10)=僧祇律 東晋 仏陀跋陀羅共法顕訳 『摩訶僧祇律』40巻 (大正22 pp.227上~549上)
11. (11)=根本有部律 唐 義淨訳 『根本説一切有部毘奈耶』50巻、『根本説一切有部苾芻尼毘奈耶』20巻、『根本説一切有部毘奈耶出家事』4巻、『根本説一切有部毘奈耶安居事』1卷、『根本説一切有部毘奈耶随意事』1卷、『根本説一切有部毘奈耶皮革事』2巻、『根本説一切有部毘奈耶薬事』18巻、『根本説一切有部毘奈耶羯恥那衣事』1巻、『根本説一切有部毘奈耶破僧事』20巻、『根本説一切有部毘奈耶雑事』10巻 (大正23 pp.627上~1057中、大正24 pp.001上~414中)
12. (12)=その他 「その他」には異訳の「涅槃経」やサンスクリットのMahāparinirvāṇa-sūtra、その他の漢訳の単訳経など、雑多なものが含まれる。
「仏伝経典」(B資料)
• (1)=NK. Nidānakathā(Jātaka vol.I, 南伝大蔵経 第28巻)
• (2)=修行 後漢 竺大力共康孟詳訳(建安2, 197) 『修行本起経』2卷 (大正03巻 pp.461上~472中)
• (3)=中本 後漢 曇果共康孟詳訳(建安12, 207) 『中本起経』2卷 (大正04巻 pp.147下~163下)
• (4)=瑞応 呉 支謙訳(黄武2~建興2, 223~253) 『太子瑞応本起経』2卷 (大正03巻 pp.472下~483上)
• (5)=異出 西晋 聶道真訳(太康初~永嘉末, 280~312) 『異出菩薩本起経』1卷 (大正03巻 pp.617中~620下)
• (6)=普曜 西晋 竺法護訳(永嘉2, 308) 『普曜経』8卷 (大正03巻 pp.483上~538上)
• (7)=方広 唐 地場訶羅訳(永淳2, 683) 『方広大莊厳経』12巻 (大正03巻 pp.539上~617中)
• (8)=LV.Lalitavistara(Lefmann本 名著普及会 1977, 外薗幸一『ラリタヴィスタラの研究 上巻』大東出版社 平成6年, 溝口史郎訳『ブッダの境涯』東方出版1996)
• (9)=僧伽 符秦 僧伽跋澄等訳(建元20, 384) 『僧伽羅刹所集経』3卷 (大正04巻 pp.115中~154中)
• (10)=十二 東晋 迦留陀伽訳(太元17, 392) 『仏説十二遊経』1卷 (大正04巻 pp.146上~147中)
• (11)=仏讚 北涼 曇無讖訳(玄始3~同15, 414~426) 馬鳴菩薩造『仏所行讚』5卷 (大正04巻 pp.001上~054下)
• (12)=BC.Buddhacarita(E.H.Johnston本 Calcutta 1935, 原実訳『大乗仏典 13』中央公論社 昭和55年, 梶山雄一外訳『原始仏典 10』講談社 昭和60年)
• (13)=行経 宋 釈宝雲訳(元嘉年中, 424~453) 『仏本行経』7卷 (大正04巻 pp.054下~115中)
• (14)=過去 劉宋 求那跋陀羅訳(元嘉21~同30, 444~453) 『過去現在因果経』4卷 (大正03巻 pp.620下~653中)
• (15)=集経 隋 闍那崛多訳(開皇7~同11又は12, 587~591or592) 『仏本行集経』60巻 (大正03巻 pp.655上~932上)
• (16)=MV.Mahāvastu(É.Senart本 名著普及会 1977, J.J.Jones 英訳本 London1949)
• (17)=衆許 宋 法賢訳(雍煕2~淳化5, 985~994) 『衆許摩訶帝経』13巻 (大正03巻 pp.932上~975下)

「仏伝関係諸文献」(C資料)
• (1)=釈迦 梁 僧祐撰(天監1~17, 502~518?) 『釈迦譜』5卷或10卷 (大正50巻 pp.001上~084中)
• (2)=歴代 隋 費長房撰(開皇17, 597) 『歴代三宝紀』15巻 (大正49巻 pp.022下~127下)
• (3)=氏譜 唐 道宣撰(麟徳2, 665) 『釈迦氏譜』1卷 (大正50巻 pp.084中~099上)
• (4)=統紀 宋 志磐撰(咸淳5, 1269) 『仏祖統紀』54巻のうち4卷 (大正49巻 pp.129上~169上)
• (5)=JM.Jinakālamālī(A.P.Buddhadatta PTS版 1962, 畑中茂訳『Jinakālamālī試訳研究』昭和55年度東洋大学大学院修士論文)
• (6)=Bigandet The Life or Legend of Gaudama(London1911、赤沼智善訳『ビガンデー氏緬甸仏伝』無我山房大正3年 なお、Bigandetに記したローマ字表記は、その英文テキストに記されているものである。)