研究方法

 私たち研究ループが原始仏教聖典と呼ばれるものをどのように扱い、どのような方法で「釈尊の生涯と仏弟子たちの生涯、ならびにそのサンガ(教団)の形成史」を明らかにしようとしているかということを書いておきます。
 その基本は先に書きましたように、現在に伝わるパーリ語で書かれた原始聖典と漢訳された原始聖典のすべてをお釈迦さまの行状を伝えたものとして、ひとまずは信頼するという立場です。しかしながらこれらには相互に矛盾するところも、明らかに後世に付加されたと考えられる部分もありますので、それを以下のような基準で信頼度のランク付けをした上で使用します。これを私たちは「資料論」と呼んでいます。


 資料論の第1は、原始仏教聖典を「第1次文献」あるいは「A文献」として尊重し、注釈書文献を「第2次文献」「B文献」としてあくまでも参考資料として 用いるということです。 
 第2は、これら文献から、まずは一切の予断を取り去って、一つの漏れもなく網羅的にという姿勢で、ここに登場する人物・地名・事績(歴史的記述)・経の 内容などあらゆるデータを収集して、これをコンピュータに蓄積するという作業を基礎にするということです。このデータ収集のためのフォーマットは「モノグ ラフ」第1号に掲載した【論文1】に、[資料1]として上げてあります。
 第3は、一般的には、原始仏教聖典から収集したデータは、それが記されている文献の新古によって(例えば偈文は古く散文は新しいとされているが、これが正しいかどうかの判断は難しい)、その信頼度を計るのが普通ですが、この研究ではすべての原始仏教聖典に記されている資料を等分に尊重するということです。したがって今まで書かれてきた論文の形式は原則として、まず論文の主題にかかわるデータのすべてを「A文献資料」「B文献資料」として紹介し、次いでそれを分析して、どれを採用するかという判断を行うという形式になっています。
 第4は、「A文献資料」のなかのどのデータを採用するかという基本的な判断基準を、各文献に共通するデータ、特に漢・パに共通するデータに置くというこ とです。なお、ここにいう「データ」とは、端的に言えば、釈尊の生涯や教団形成史を語るエピソードということです。
 第5は、漢・パのデータが相互に矛盾する場合は、パーリのデータをより尊重するということです。これは私たちが、史実を明らかにすることを第一目的とす るのではなく、とりあえずは聖典編集者たちの「釈尊の生涯イメージ」「釈尊教団形成史イメージ」を明らかにすることを第一目的とすることから来ています。 漢訳の原始聖典はさまざまな部派が伝えたものであるのに対して、パーリ聖典は南方上座部(分別説部)という1つの部派が伝えたもので、より統一したイメージが残されて いる可能性が高いと考えるからです。
 第6に、上記のような考え方をもとに、私たちは1つ1つのエピソードを次のように、第1次水準から第3次水準までに分けるようにしています。そして原則 として、より上位の水準のデータを尊重するということになります。図にすると次のようになります。

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 第7に、注釈書文献データは上記のような水準でいえば第4次水準になりますが、これらが原始仏教聖典データと矛盾しない限りは積極的に用いることはいう までもありません。しかしながら原始仏教聖典の中にも互いに矛盾するデータが少なくなく、第1次水準のデータ同士の中にも、このようなケースがないではありません。このような場合は、注釈書文献も参考にして、どちらが合理的に解釈できるかを検討して、どれを採用するかを決めることになります。しかし合理 性を尊重して判断するということは、データを恣意的に用いる危険性にもつながります。そこで研究が進んで、多くの事項が明らかになった段階で、より広い全 体的な繋がりの中で、もう一度検証しなければならないと考えています。>
 第8は、原始仏教聖典のデータをフルに動員しても、なお分明になしえない問題が生じたときには、それを埋めるために合理的に解釈しうる注釈書文献のデー タを採用することもあり得るということです。もちろんこの場合にも厳密な検証が必要であることはいうまでもありません。
 第9は、これらすべてのデータを駆使しても、なお埋まらない溝をどのようにして埋めるかということです。データがないなら、それ以上はわからないとして 判断を中止するのが学問的な態度かもしれませんが、それでは永久に釈尊の生涯に関するイメージを形成することができないということになりかねません。もち ろん実証的な研究から得られたものと、推測から得られたものとは明確に区別しなければなりませんが、作業仮説としてある段階では大胆に推測してみることも 必要であろうと考えています。もちろんこれも、より研究が進んだとき、より広い全体的な状況の中で再検証しなければならないことはいうまでもありません。


 私たちは、このような資料論にもとづいて研究目的を達成しようとしています。



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